【手に職は武器】大人の発達障害を逆手に取るデザイナーの話

【手に職は武器】大人の発達障害を逆手に取るデザイナーの話

Twitterでもチラッと触れたように

私、軽度の自閉症スペクトラム(ASD。昔でいうアスペルガー症候群)持ちです。
ですが
「(発達)障害の有無、それを区別すること自体が無意味」
そんなスタンスなので、あまり表立っては言ってこなかったのです。
逃げも隠れもしないけど、コレを売りにしようとも思わないですし。

じゃあなぜこの記事を書いているのか。
この舞台のメインビジュアル(背景担当しました)。
これを作るキッカケになったのが発達障害の診断だったからです。

※この記事の内容は私個人の見解に基づくものであり、登場する人物や団体は一切関係ありません。



自閉症スペクトラム(ASD)ってなに?

発達障害の一種です。私は細かくいうとアスペルガー症候群に相当するのですが、問題点と原因は以下の通り。

アスペルガー症候群は発達障害のひとつで、コミュニケーション能力や社会性、想像力に障害があり、対人関係がうまくいきづらい障害のことです。アスペルガー症候群は比較的最近になって理解され始めた発達障害であり、言語障害や知的障害の症状はないので、周りからは「変わった人」と思われがちです。

アスペルガー症候群(AS)とは?症状と年齢別の特徴を詳しく解説します。https://h-navi.jp/column/article/136

アスペルガー症候群には「コミュニケーションの問題」「対人関係の障害」「限定された物事への興味やこだわり」の3つの症状があり、自閉症と同じ自閉スペクトラム障害(ASD)の一種とされています。脳の前頭葉の下前頭回などの社会的な活動をするための脳の部位に機能異常があるといわれています。

ADHDとアスペルガー症候群の7つの違い – 症状の比較と合併症状について https://h-navi.jp/column/article/167

「人の気持ちが理解できない」と思われそうな説明ですが。
普通に人を想って悲しんだりもすれば、一緒に喜んだりもしますよ。
ただ、微妙な空気が読みにくくて引き際を間違えたりしがちなだけで。

有名人も多く、細かいところに気がつく特性を活かして動物学者になった人もいれば、モデルさんなんかも多数います。
スティーブ・ジョブズも自閉傾向だったと言われていますね。




どうして診断したの?

直接的なきっかけは、周囲との関係が上手くいかなかった時期。
15年来の友人(身近に当事者がいる)に

おばまえりか「最初に会った時から発達障害だと思ってた」

と言われて、ですね。
私、この時30歳。
早く言ってくれよぅ。

昔からメンタル系のネタには興味があって、なんとなく知った発達障害。

最初は

おばまえりか「ADHDの特徴よく当てはまるなあ。私そうかも・・・」

と思っていました。

実際に下った診断はASD。
ADHDっぽい「道を歩きながらキョロキョロして危なっかしい」行動は、
ADHDの「興味の対象がコロコロ変わるから」ではなく、
ASDらしい「1つ1つがガン見したいほど気になるから」
が理由だったりしたのです。

似たようで違うADHDとASD(自閉症スペクトラム)

事象は同じでも原因が違ったりするので、こういうのは自己診断ではなく専門家にお任せした方が良いかと思います。

診断されて、不都合はない?

言わなければありません。そう、言動でバレない限りは。
世の中には「だからダメなんだ」とばかりに怒鳴り散らしてくる人もいます。
打ち合わせで明かした後、急に不安がられて案件がなくなってしまったこともあります。

だからといって、必ずしもクローズドにするのが得策ではありません。
努力では補えないところがあると公表しないことで、相手も自分も手が打てず苦しむことにもなりえます。
もちろんそこはケースバイケースですが・・・

必ずしもクローズドが良いとは限らない

公表するならハンデをカバーする代替案を出しましょう。
「声での会話は苦手ですが、メールやチャットの文章でなら大丈夫です」
「”いい感じに”などの曖昧な指示が理解しにくいので、明確にご指示いただけると助かります」
みたいに。

もちろん配慮をお願いするだけでは不十分。
自分でも多少は苦手なことに対応できるよう、努力は不可欠です。

例えば私は表情が出にくく仏頂面になりがちだったのを、人と話す時はにこやかにするよう意識的に訓練しました。
「喋る」と「表情を表に出す」マルチタスクが上手くいっていなかったのを、無意識にできるよう改善していく作戦です。
今では自然な笑顔も出せています。作り笑いではありません。

発達障害あるある。笑っているつもりが、顔が笑っていない。

そして味方もいます。
色々な人とお話していると、全く気にしないでいてくれる上に信用してお仕事をくださる方もいますし、
「そういう人とは組まなくて良い」と言ってくれる人もたくさんいます。

ちなみに今の私の特性らしいところといえば

  • 過集中になることがある
    (ハマるとめっちゃ集中するので作業が早い。けど休憩を怠りがちで後でグッタリするのが常なのでコントロールが必要)
  • 会話で瞬時にリアクションするのは苦手
    (インプットとアウトプットを同時に行うのが苦手かも。声だけで勝負の電話より、五感をフルに使える対面やテレビ会議が嬉しい)
  • 社交辞令と本気の見分けがつけにくい
    (経験不足とユーモア系の知識不足でもある。補えそうな部分(後述))

こんなところでしょうか。

過集中ってこんな感じ

コツさえつかめば、手に職は強い。あるイラストレーター兼デザイナーの場合。

ご縁があって、IT×福祉な会社でお仕事させていただいています。→退職しました。今はフリーランスです。
冒頭の絵も会社案件ですね。

一般企業出身のWeb系デザイナー、紙のデザインがしたくて福祉事業所へ

当時お仕事不足のフリーランスで、Webサイトのコーディングやバナー作成ばかりしていた私。
おまけにストレスからの拒食で、153cmの身長に対して体重38kgというガリガリ状態。
女性ホルモンの分泌も止まっていました。
(※今は健康体です)

フィジカルもメンタルも弱っていた中、

おばまえりか「グラフィカルなのがやりたいのっ!!」

という理由で紙媒体の経験を積める会社を探していました。
福岡には圧倒的にWeb媒体のデザイン職が多いんですよね。
紙系の求人も存在はするのだけど、ほとんど見たことない。

そんな中で見つけた、「障害に理解があって紙とWebのデザインができるIT系企業」。
Web系出身なので即戦力にもなれると思い、コンタクトを取ってみたらウェルカムでした。

普通の会社+α的な空気だと思ったら、だいぶ違った

過集中の人に時々休憩を促す声掛けがあるような、そんな配慮がプラスアルファされた普通の会社なのかなぁ?
とイメージして入った、障害者と指定難病患者のための就労継続支援A型事業所

結論から言うと、だいっっっっっぶ違いました。

利用者(という名の社員)を支援・監督する福祉スタッフと
業務をマネージメントする職業指導員が複数人いて、
彼等のうち、常に誰か1人はオフィスにいなければならない。
(という福祉的ルールがあるらしい。体調の急変などの緊急事態に対応できるように、ですね。)

電話に出る必要はなく、外部とのやり取りもほとんどない。
残業もほぼない。
(私は時々外部との打ち合わせもさせてもらったし、舞台関連の案件では残業もしたけれど)

だから役職がつくことも昇進もなく、雰囲気はどちらかと言えば学校に近い。
同僚は心身に障害や難病があったりする以外は普通も普通の人々なので、
そこちょっと勿体無くない!?
が本音なのでした。

そんななので

おばまえりか「これは…
理解がある分話は早いけれど、自分に甘くもなりうる諸刃の剣だなー…」

などと思いながら、日々締め切りに立ち向かっておりました。退職したからね。
目標はフルタイムのフリーランスで生きることなので、甘えは禁物でした。退職したからね。(大事なことなのでもう一度)

何をデザインしていたの?

IT企業ということで

  • Webサイトの保守運営
  • コーポレートサイトの新規デザイン
  • LP作成(デザイン&コーディング)

など。

私はデザインチーム所属だったので、UIデザインやバナー作成が主でした。
WordPressのコーディングはコーダー部隊がやってくれましたし。
私もテーマ作れるけど。

紙媒体は

  • 企業の名刺
  • ノベルティーのステッカー
  • チラシ・フライヤー
  • パンフレット
  • アイドルのCDアルバム

など。
依頼主は個人から企業まで様々で、難易度もそれぞれでした。

初めて自分の絵柄でイラストのお仕事ができた

こんなのも作ってきました。
舞台のイメージイラストとグラフィックデザイン。

どうやって絵を鍛えてきたかは別の機会に語るとして。
初めて「似せ」ではない「自分の絵柄」でお仕事ができたのは貴重な機会でした。

そしてこの舞台の脚本を書かれた、『電波少年』で有名な伊藤高史さんとお会いできたのがまた大きな出来事でした。
なかなか知り得ない演劇界のお話が聞けて、しかも今もずっと応援してもらえているのが嬉しい。

伊藤さんの脚本、毎回泣かされます。
観て。シナリオ本も出てるから、読んで。

でも時には厳しさも大事よ?

そんな感じで様々な分野の案件に携わることができた私ですが、
ベースはこの会社で培ったものではないのですよね。
というか良くも悪くも「厳しさ」不足だから、自律しないと鍛わらないかも。

じゃあ何が手助けしてくれたかというと

最初にいた会社で、ASD(未診断だったけど)ならではのこだわりを是正させられた経験。

これがモノづくりで生きていく上で大きな収穫だったと思います。

誰でも多かれ少なかれ、社会人1年目でビジネスマナーを叩き込まれるものですが。
私の場合、

  • 話しかける相手が取り込み中でないかを確認するところからだったり
  • 話す時にはクッション言葉を挟むことからだったり・・・
    (でも相手の名前を呼んだ瞬間本題を忘れる)

基本中の基本、ですね… ウン。

それに最初にいたのは大きな案件をじっくり動かしていくタイプではなく、日々大量のタスクを「こなしていく」タイプの会社でした。
なのでデザインするにしても、あまりこだわる時間はないわけで。

ディック・ブルーナが言った
「ポスターはひと目見て読み取られるものでなければいけない」
「それは一撃 の効果を持つものでなければならない」
のエッセンスだけを狙い撃ちして、時には細部を切り捨てる。
これを繰り返すことで、私はいつの間にか作業が早い人になっていました。

本来こだわりが強いASDには苦手分野のはずですが

  • 経験を積むことでポイントを押さえるセンスを磨き
  • 持ち前の集中力を活かす

これができるようになれば、早く十分なクオリティを出せるというわけです。

過剰なこだわりは捨てよう

こんな風に、そういう環境で半強制的に作業の遅さやこだわりグセを直すのもアリかもしれません。
最初はしんどいかもしれないけど・・・
乗り越えた時に色々見えてくるはず。

マイナスからゼロは褒めるもの?

冒頭で言った通り、私は
「(発達)障害の有無、それを区別すること自体が無意味」
だと思っています。
うまくやれている人を
「障害があっても普通に働けるんだ。すごい」
とは思わないんです。

整った環境下でそれなりの成果を出せるのは、特別でもなんでもない。
誰だって最高のパフォーマンスが出せるのは
「その人に最適な環境下」
です。

自分に合わない社風でも頑張っている人はいますが、どこかムリしていますよね。

それを極力無くすために、人によっては医学的理由から特別な方法で環境整備(自分でのチューニングや合理的配慮)をする必要がある。
ただそれが物理的・社会的な理由で難しいから、ゼロが賞賛に値してしまうのかなと思います。
大事なのはそこから先。

結局は、自ら動いていく力

信頼する人は言います。

上司アイコン「発達障害は経験で克服できる」

私は考えます。

おばまえりか「目標を持ち、学びを怠らなければ、克服どころか武器にもできる」

最近、日々学びを積み重ねている人たちと触れ合ったり話を聞いたりする機会が多いので、特にそう思います。
モノを言うのは生まれついての才能ではなく

結局は、知識と経験の差なのです。

身につきにくいのなら、人一倍知識を身につけ人一倍経験をするまで。
すべては潰せないにしても、できる限りの理詰めで対処する。
そうしていくうちに、曖昧な言葉や態度の向こうにあるハッキリとした本質が見えてくるのではないかと思います。

私は実際、昔わからなくて困った「いい感じにして」の向こう側が見えるようになりました。

追記:ちなみに、退職した理由

障害に理解があり、多様性を認める環境。
それ自体はとてもいいことだと思うのですが、

  • メンタルの弱い人を傷つけないよう(落ちて出社できなくならないよう)気を使いすぎる空気
  • ↑が故に、非常識な行動に対してもガツンと言われない→人としての成長速度が鈍る
  • 配慮という名の事細かな見守り(大人なのですが)
  • 経済的にも、支援制度を駆使して「増やす」ではなく「守る」方向に偏ったベクトル

が自己肯定感を奪っていくなぁと感じました。
もちろん感じ方は人それぞれですし、支援が必要な人もたくさんいます。
みんながみんな、ガツガツ生きたいわけじゃないですし。

ただ、自立を望むのなら守られたままでは不十分で、いつかは闘わなきゃならない。
理想は事業所が、一人一人が自ら闘える力を蓄えられるよう後押しする場所になることだと思います。個人的には。

あと、実務的な理由もあって、

  • アイドル&舞台系の業務で、紙のデザイン経験も積めた
  • コンサル会社の人と一緒に、企画立ち上げ時からデザインに携われた
  • ふわっとしたオーダーに提案する力もついたかもしれない

特にこのあたりは、常にディレクターの指示ありきのインハウス系Webデザイナーだと身につかなかった気がします。
フリーになりたい意向を汲んで鍛えてくださった上司(非常勤のフリーランス)に感謝です。

※一番上のタイトル画像はZEROTEN 2018に出展したもの。
「あふれる想い」は次々浮かぶ気持ちや言葉。
「つむげぬ言葉」(会期初日に売約いただきました。感謝!)はASDゆえの言葉の組み立てにくさを描いたものでした。実は。